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最高裁判所第一小法廷 昭和38年(あ)457号 決定 1964年6月04日

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人中村政芳の弁護人海野普吉、同甘糟勇雄、同小田成光の上告趣意第一点は、経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律二条の解釈を誤ったことを前提として、原判決の憲法三一条違反をいうものである。しかし、同法律二条にいう「其ノ職務」とは、同条の定める会社、組合またはこれらに準ずるものの役職員の職務であれば、同条のいう事業または業務にかかわりなく、すべてを含むと解すべきではないが、本来の独占的または統制的性質をもつ業務に局限すべきものでなく、本来の事業または業務を行なうために必要な関係にある事務をも含むものと解するを相当とすることは当裁判所の判例とするところである(昭和二八年(あ)第四三八一号、同三〇年五月一〇日第三小法廷判決、刑集九巻六号九七三頁、昭和二八年(あ)第四〇六四号、同三一年三月九日第二小法廷判決、裁判集一一二号六三五頁、昭和三一年(あ)第一五四号、同三三年九月一二日第二小法廷判決、裁判集一二七号一七九頁参照)。ところで、右法律二条が、独占的事業または統制的業務を営む同条所定の会社、組合またはこれに準ずるものの役職員がその職務に関し賄賂を収受しまたはこれを要求しもしくは約束する行為を処罰することとしたのは、これらの独占的事業または統制的業務の公共的性質に鑑み、その運営の公正を確保することを目的とするものである。しからば、前記の本来の事業または業務を行なうために必要な関係にある事務というのも、右法律二条の法意に照らし、その範囲はおのずから限定を受けるべきものであり、何がそれに当るかは、個々具体の事案ごとに、社会通念に照らし、これを決すべきものというべきであって、その範囲は、決して所論のように広義に過ぎ恣意的解釈を許す無制限なものではない。前記当裁判所の判例の見解は、これを変更すべき理由はない。

これを本件について見るに、本件土佐電気鉄道株式会社は、右法律二条別表乙号三〇にいう「地方鉄道法第十二条ノ規定ニ依ル免許ヲ受ケ地方鉄道業ヲ営ム者」である。従って、そのような会社が、線路の一部を電化するためその架線工事を請負わせる場合において、もし、その請負の事務に関し賄賂が行なわれるとするならば、同会社の本来の事業たる公共的性質を有する地方鉄道事業そのものの運営に好ましからざる影響を及ぼすおそれがあり、公共の利益を害するに至る危険の存することを否定できない。しからば、右架線工事を請負わせることは、右会社の本来の事業たる運輸事業自体とはいえないが、前記法律二条の適用については、右運輸事業を行なうために必要な関係にある事務であると解するのが相当であり、右会社の役職員がこのような事務を担当している場合には、その事務は右法律二条のいう職務に当るというべきであって、これと同趣旨に出でた原判決には所論の違法は認められない。それ故、所論違憲の主張は結局前提を欠くものであって、採るを得ない。

同第二点は事実誤認、同第三点は量刑不当の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人中村政芳の弁護人佐伯千仭、同井戸田侃の上告趣意第一点は憲法三一条違反をいうが、論旨の採ることのできないことは、被告人中村芳政の弁護人海野普吉、同甘糟勇雄、同小田成光の上告趣意第一点に対する前記説示のとおりである。

同第二点は事実誤認の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

被告人常石猛の弁護人溝上脩一の上告趣意第一は憲法三一条違反をいうが、論旨の採ることのできないことは、被告人中村政芳の弁護人海野普吉、同甘糟勇雄、同小田成光の上告趣意第一点に対する前記説示のとおりである。

同第二は事実誤認、同第三は単なる訴訟法違反の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

記録を調べても所論の点につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斎藤朔郎 裁判官 長部謹吾)

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